地域猫という仕組み

ノネコと野良猫の違い

日本には狂犬病予防法があり、飼い主不明の犬が屋外にいる場合は、管轄の自治体が抑留しなければなりません。そのため街で野良犬を見かける機会は少なくなりましたが、自治体に猫の捕獲義務はなく、屋外で生きる猫は繁殖を続けます。

一般的に、人里離れた場所で人に依存することなく生きている猫を、ノネコと言います。一方で、餌付けされるなどして人の生活圏で生活しながら特定の飼い主を持たない猫を、野良猫と言います。野良猫の生活は、交通事故や感染症、気候の変化、食糧難、縄張り争いの喧嘩など命に関わる危険が多く、その平均寿命はわずか3〜5年と言われています。

猫の繁殖力

短命で生存率も低い猫の繁殖力は非常に高く、メスは生後4〜6ヶ月で性成熟を迎えます。ヒトや犬など多くの哺乳類が自然排卵なのに対し、猫は交尾の刺激で排卵するため、妊娠率が非常に高くなります。1匹の妊娠猫から約4−8匹の子猫が生まれ、それらが半年で発情・出産した場合、1年で20匹、3年で2,000匹以上に増える計算になります。

猫の社会問題 

野良猫の過剰繁殖だけでなく、毎年多くの乳飲み子が各地域の自治体施設に持ち込まれ殺処分されている現状も、大きな社会問題となっています。殺処分数を着実に減らすには収容数を減らす必要があり、収容数を減らすためには野良猫の過剰繁殖を抑えるTNR(ティーエヌアール)が最も人道的で有効とされています。

TNRとは

TNRとは、それぞれ「T=Trap(捕獲)」、「N=Neuter(不妊去勢手術)」、「R=Return(元に戻す)」の頭文字をとった通称で、地域に住む猫の頭数をコントロールする人道的な方法として、1960年代にイギリスで始まりました。その後1990年代にアメリカでも広まり、今では日本を含む多くの国で実施されています。欧米では、不妊去勢手術とワクチン摂取、耳カットがTNRの基本とされ、それ以外に狂犬病予防ワクチンやマイクロチップの装着をする団体もあり、通称も団体や地域によって異なります。

TNR以外の通称

● 術後のマネージメント(個体管理)の頭文字をとって「TNRM」
● 術後リターンまでのリカバリー(療養期間)の頭文字をとって「TNRR」
● ワクチン(Vaccine)の頭文字をとって「TNVR」

またアメリカでは、TNRが地域住民による取り組みなのに対し、シェルターが一旦野良猫として収容し、その後不妊去勢手術等を施して発見された場所に戻す取り組みを、「Return To Field(いた場所に戻す)」の頭文字をとって、RTFといいます。日本では、TNR以外に「地域猫活動」と呼ばれることもあり、不妊去勢手術と耳カットのみが通常です。詳しくは、「TNRについて」をご覧ください。

TNRでは、ある地域の野良猫を(1)捕獲し、(2)不妊去勢手術を施し、(3)元の場所に戻します。手術済みの猫は「地域猫」と呼ばれ、地域猫を元の縄張りに戻すことで、他の縄張りから未手術の猫が移り住み繁殖すること(バキュームエフェクト)を防ぎ、結果的に少ない頭数を維持します。(※バキュームエフェクトのページは、猫が苦手な方に伝わる書き方で記載しています)

猫は繁殖力が非常に高いため、全体の頭数をコントロールできるのは、縄張りの75〜90%以上が手術済みである場合とされています。そのため、目の前の数匹だけを手術するのではなく、そのエリアに住む全頭を目標に、新入りや子猫等も含めてTNRし続けることが重要です。

TNRの効果

アメリカや日本では、TNRの効果が研究/発表されています。

  • 【ニューメキシコ州】
    TNR開始後8年間で、殺処分数が84%減、収容数は38%減
  • 【ケンタッキー州】
    8年間で24,697匹をTNRし、自治体施設の収容数は58%減、殺処分率は96.1%減少
  • 【アラバマ州】
    TNR開始後7年間で、施設での殺処分数が3,935から165に減少
  • 【千代田区】
    TNR開始11年後に殺処分ゼロ達成、猫の路上死体数を30分の1に削減

耳カットとは

TNRで手術された野良猫は、手術済みの証として、通常オスは右耳、メスは左耳の先端をV字にカットされます。すでに譲渡先が見つかっている場合は、里親さんの希望でカットをしないこともあります。

V字の耳カットは、その形から「さくら耳」と呼ばれることがあり、さくら耳の猫は「さくらねこ」と呼ばれます。猫は喧嘩の際に耳を噛まれることが多く、耳カットと咬傷の違いをわかりやすくするため、欧米では自然界で作れない形として、耳の先端をまっすぐに切る方法が採用されています。

“餌やりさん”

一般的に、「餌やりさん」とは屋外で暮らす飼い主のいない猫に餌を与える人を指します。餌やりさんの中には、不定期で餌付けをする方から、毎日決まった場所/時間に給餌や糞尿掃除、個体管理(餌場の頭数把握)を行う方まで様々です。外で生きる猫にとって、豊富な/安定した食料源は繁殖する上で最も重要な要素の一つです。言い換えれば、未手術の猫に餌を与えることは地域の猫の数を増やすことに直結します。そのため飼い主のいない猫に餌を与える場合は、不妊去勢手術も施すことが重要です。

TNRをする際には、捕獲率を上げるために毎日決まった時間に餌付けし、またリターン後は術後の体調管理や新入り猫/子猫の有無に関する情報共有が重要です。野良猫/地域猫の餌やりさんは、その地域でTNRをする上でとても重要な役割を担います。条例で「無責任な餌やり」が禁止されている地域もありますが、TNRを行う団体/活動家と協力したり、ご自身でTNRをするなど、頭数のコントロールや残飯/糞尿の清掃等をする場合は、「無責任な餌やり」に該当しません。詳しくは、各地域の動物愛護センターや管轄の自治体にご確認ください。

堕胎について

堕胎とは、人でいう中絶のことで、TNRをする上で避けて通れない課題です。捕獲された猫が妊娠していた場合、そのほとんどが堕胎になります。野良猫の妊娠率が高い(堕胎が多い)時期は3〜4月の繁殖期です。人の事情ですが、この時期を過ぎると生まれた子猫たちも後にTNRしなければならず、地域全体の頭数や生後間もなく死亡する猫は増えてしまいます。一方で、妊娠猫(母体)の体調や子猫の大きさなどによっては、まれに堕胎しないケースもあります。

堕胎しないケース(一例)

● 妊娠後期で、堕胎が母猫の命に関わる場合
● 子猫がいつ生まれてもおかしくない状況で、TNR実施者が産ませると判断した場合
● 堕胎をしない獣医師や活動家の場合
● 子猫たちの譲渡先が既に決まっている場合

アメリカの研究によると、屋外で生まれた子猫の約75%は、生後半年を迎える前に死亡するといわれています。交通事故や感染症、気候の変化、食糧難、縄張り争いの喧嘩など、外の環境は厳しく、生き抜くことは難しいのが現状です。生まれて間もなく死亡する子猫を減らす人道的な方法として、上記の“堕胎しないケース”を除き、欧米でも堕胎が推奨/実施されています。

繁殖しない「地域猫」を増やすには

野良猫をTNRし続け地域猫として見守ることは、結果的にその地域の糞尿被害や猫の殺処分数の削減にも繋がります。しかし、猫の繁殖能力や手術の重要性が知られていない地域では、TNRの術前/術後に行う餌やりが「猫を増やす行為」と誤解され、住民の反対でスムーズに活動できない地域も多く存在します。猫と人にとってより良い地域にするためには、地域猫活動を自治体に登録し、認可を受けて活動したり、餌やりさんと連携してTNRが必要な新入り猫や子猫の情報を共有する事が大切です。

TNRを依頼したい

お住いの地域により、有料でTNR代行(捕獲からリリースまで)を依頼できる団体やスペイクリニック、サービスがあります。

しかし、TNRは術後の猫を元の場所に戻して終わりではありません。TNRとは、本来そのコミュニティで継続して地域猫を見守ることで効果を発揮する取り組みであり、リリース後の給餌や片付け等を行う方(餌やりさん)が必要です。野良猫が増えてお困りの場合、出産を繰り返すメス猫を不妊手術することも大切ですが、また別の猫が来て出産を繰り返さないよう、餌やりさんの有無や、全体の頭数、飼い猫の放し飼いがないかどうか等の情報収集をした上で依頼/相談すると良いでしょう。餌やりさんがいる場合は、餌付けの協力が得られるかも相談しましょう。

TNR代行ではなく、保護団体や個人活動家にTNRの相談/依頼をする際は、時間、労力、費用がかかることを理解した上で、費用負担や物資支援、術後休ませる場所の提供等、ご自身にできることを事前に伝えましょう